戦略設計

日本のレンタカー予約119%増――インバウンド「移動市場」の急拡大がもたらす中華圏ビジネスチャンス

カテゴリー:インバウンド戦略 / 中華圏マーケティング / 新規事業開発

Trip.comが発表したデータによると、この1年間で日本における外国人旅行者のレンタカー予約件数が前年比119%増(約2.2倍)と急増し、日本はレンタカー旅行先として世界第1位となっています。

この「119%増」という数字は、単にレンタカー会社の売上増加を示すものではありません。その背後には、訪日外国人客の「旅行の仕方」や「目的地選び」における本質的な構造変化が潜んでいます。移動手段が変われば、行ける場所が変わり、旅行中の消費ポイントも大きく変化します。

本稿では、このインバウンド「移動市場」の急拡大を一つのシグナルと捉え、中華圏市場(中国大陸・台湾・香港)の特性を踏まえたうえで、レンタカー会社だけでなく、ハイヤー・送迎事業者、ホテル・旅館、地方自治体や観光事業者にどのようなビジネスチャンスが生まれているのかを経営視点から解説します。

1.119%増の背景にある「旅行スタイルの構造変化」

Trip.comのデータによれば、世界全体のレンタカー予約が前年比81%増であるのに対し、日本市場は119%増と突出しています。都市別に見ると、東京が156%増、札幌が129%増、福岡が88%増、沖縄が87%増となっています。

特に注目すべきは、大都市である東京や札幌の高い伸び率です。これは、都市内を車で移動するというより、「大都市を拠点とし、そこから日光や箱根、あるいは北海道の地方部など、郊外・地方へ足を延ばすための入り口」として、こうした利用が広がっている可能性を示唆しています。

また、利用者の中心は25〜44歳であり、ロードトリップ予約の半数以上が子連れファミリー層であること、予約タイミングが前年より約1週間早期化していることも特徴です。これらは、旅行者が現地で思いつきで車を借りるのではなく、「旅行計画の初期段階から、車での周遊移動が組み込まれている」ことを意味します。

2.同一の「中華圏」でも異なる移動ニーズと法的要件

インバウンド戦略において「中華圏」を一括りにする傾向がありますが、移動市場においては、各地域の顧客ニーズと法的要件を明確に区別する必要があります。

レンタカー利用の前提となる運転免許の条件は市場によって異なります。香港の顧客は国際運転免許証での運転が可能であり、台湾の顧客は台湾の免許証と指定の日本語翻訳文を用意することで運転が認められています。一方、中国大陸の免許証は、そのままでは日本国内での運転が許可されていません。

リピーター率の高さも移動ニーズを後押ししています。訪日経験者のうち、香港は約9割、台湾は約8割がリピーターであり、訪日回数が増加するにつれて「より深く、アクセスが難しい地方の温泉地や小さな町へ行きたい」というニーズが高まります。子連れや複数人の家族旅行、多数の荷物を伴うこれらの層にとって、駅から遠く公共交通機関が不便な地域でも直接アクセスできる「車での移動」は、それ自体が極めて高い付加価値となります。

一方、自ら運転できない中国大陸の顧客に対しては、同じ「自由な移動」のニーズであっても、レンタカーではなくハイヤー、貸切バス、空港送迎といった「運転手付きの移動サービス」として商品展開する必然性があります。ターゲット市場に応じた商品の出し分けが、移動市場攻略の鍵となります。

3.顕在化する課題と商品設計における解決策

需要が急拡大している反面、日本の事業者側の受け入れ体制が「顧客が安心して使える状態」に達していない部分も散見されます。過去の日本政府観光局(JNTO)の調査では、ドライブ旅行における困りごとの1位が「レンタカー会社の窓口で言葉が通じない」ことでした。

現在は多言語対応が進んでいるものの、単にウェブサイトを中国語に翻訳するだけでは不十分です。「自国の免許で運転できるのか」「手続きに必要な書類は何か」「事故発生時のサポート体制はどうなっているのか」といった不安を、予約の段階で完全に払拭できる情報設計が不可欠です。

さらに、外国免許運転者によるレンタカー事故の増加や、「白タク(違法な自家用車での有償運送)」問題の摘発件数増加も看過できません。これは裏を返せば、「適切な言語サポートと安全性を担保した合法的な移動サービス」に対する強烈な需要が存在している証左でもあります。事業者には、法令遵守を前提とし、予約時点からの綿密な情報提供を含む「安全・安心のパッケージング」が求められます。

4.事業領域別のインバウンド移動市場アプローチ

この「移動の自由化」は、レンタカー会社以外の多種多様な事業者にビジネスチャンスをもたらします。

① 大手・中堅レンタカー会社:既存商品の再設計と情報導線の最適化

すでに車両とシステムを有する企業は、新たな設備投資を行う前に「既存商品が中華圏の顧客からどのように見えているか」を点検すべきです。例えば、「東京でのレンタカー貸出」という機能的な見せ方から、「東京から箱根へのファミリー向けロードトリップ」といった旅行体験ベースの見せ方へと転換し、小紅書(RED)等のプラットフォームでの情報発信を最適化することで、集客力や収益性の向上につなげることができます。

② 地方の中小レンタカー会社:地域知見を活かした体験パッケージ化

地方の中小事業者は、車両台数や価格競争に陥る必要はありません。地元の事業者ならではの「走りやすいルート」「子連れに最適な立ち寄りスポット」「冬季の安全な運転ノウハウ」といった独自の地域知見を付加価値とし、車両単体ではなく「地域の楽しみ方」を含めた独自の周遊体験としてパッケージ化することで、大手との差別化を図ることができます。

③ ハイヤー・送迎・交通事業者:高付加価値なプライベート移動の提供

中国大陸の富裕層やFIT(個人旅行者)をターゲットにする場合、単なるA地点からB地点への移動ではなく、「高級車での特別な空間提供」や「途中の観光・食事を組み込んだプライベートツアー」としての価値提案が有効です。「誰に、どのような旅行体験として販売するか」を明確にしたうえで、適法性を確保しつつ商品を設計することが求められます。

④ ホテル・旅館・観光事業者:移動の障壁を逆手にとった商品開発

「駅から遠い」「アクセスが悪い」という立地条件は、外国人顧客にとって最大の購入阻害要因になり得ます。宿泊施設や観光事業者は、自社で車両を保有しなくとも、地域の交通事業者と連携し、予約段階で「最寄りの都市からの移動手段」を宿泊プランに組み込むことで、これまで取りこぼしていた層の集客が可能になります。

5.まとめ:移動を「交通手段」から「戦略的インバウンド商品」へ

訪日旅行の成熟化に伴い、リピーター層の興味は主要都市から地方の奥深くへとシフトしています。それに伴い、「そこへどうやって行くのか」という移動の課題解決は、インバウンド戦略における極めて重要な要素となります。

重要なのは、単に車両や移動サービスを用意することではありません。「ターゲットはどの市場か」「彼らはどのような旅行を求めているか」「どこで情報を得て、どのように予約に至るのか」という一連の購買プロセスを設計し、顧客の不安を先回りして解決する仕組みを構築することです。

Sunflower Luでは、中国大陸・台湾・香港における市場特性と顧客インサイトに基づき、移動手段を付加価値としたインバウンド商品の開発、事前情報の設計、集客から予約完了までのマーケティング戦略を一貫して支援しています。既存の移動サービスの見直しや、アクセス課題を解決する新たな旅行商品の開発をご検討の企業様は、ぜひご相談ください。